ようこそ登録文化財へ 寺西家阿倍野 長屋・町家
築70年の長屋・町家を再生して、嬉しかったこと! *寿命ある建物を壊して、ゴミにしてしまわなかったこと *建築家、宮大工、恩師や友人、近隣の人達との和のつながりができたこと。
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寺西家町家の再生と活用について
5、寺西家町家の再生と活用について

(1) 高層マンション建設の挫折の恩恵 

 長屋は、マンション建替計画が、長屋再生に転身したが、実は、その15年前にも自宅をマンションに建替えることで同じような体験している。
 平成元年、日本経済が「バブル景気」の終焉を迎えようとしていた頃に、私は、自宅である町家を9階建のマンションに建てかえる計画に着手していた。それは、当時、地価が高騰し、このまま継続して住んでいても「相続が発生すれば相続税が、払えなくなり、物納しなければならない」という資料を突き付けられことに始まる。
 大正時代の末に建てられた町家は、60年以上経っており、建て替える時期がきていると考えられたし、鴨居の高さが、丁度、頭を打つ高さであったことに不満をもっており、建替えの口実にしていた。
 建設業者との工事請負契約も終わり、8人家族が仮住まいに移転し、除却の直前までいった。
しかし、「高層マンション反対」の声とともに私が体調を崩したこともあり、マンション建設は、中止せざるを得なくなり、私の人生で最大の挫折を味わった。当時、2.5%という公定歩合が低金利時代と言われ、それが長年続いていた時代であった。そのような中で、このような低金利の時代は、二度と来ないだろう思った記憶がある。
その時は、その後のバブル崩壊による「失われた10年」、そして、現在の「ゼロ金利」時代の姿は、空想すらできなかった。
 振り返ってみると、挫折していなければ、今頃、入居者の確保と高額な借金返済に悩まされているに違いないと思う。

(2) 町家も登録文化財に 

 長屋を登録文化財にする時に町家や蔵もと勧められたが、町家の土地の方がマンションに向いていると考えており、遠慮させていただいた。
一度、自宅のマンションの建替えで、挫折を味わったのであるが、「金食い虫」の長屋を維持していくために、町家は、マンションに建替えその収益の道を確保しておかなければと考えていた。 
町家400
<T15年に建築された寺西家町家>

このことが、父親の相続の時に、後悔することになった。それは、平成16年、父の他界に合わせたかのように登録文化財の相続税の制度改正があり、土地・建物の評価額が3割減じられることになったのである。そのことがわかっておれば、町家の方も登録文化財にしておいたのにと後悔したのである。
 町家も登録文化財にしようと思ったのは、長屋が「金食い虫」ではなく「金の卵」であると気づき、そのための資金を確保しなくてもよくなったこと、それに加えて、私が「大阪府登録文化財所有者の会」の事務局長という立場にあり、登録文化財に該当する建築物があるのに資金を確保するためにと登録にしないことに抵抗を感じたためである。   

(3) 町家と蔵の改修と活用について
            
 町家が登録文化財になったのを機会に、屋根の葺き替えと台所と居間の改修工事を行った。
 町家を登録文化財にしたことでイベントに使わして欲しいとの要望があり、現在では、毎月、田辺寄席による「上方落語の会」の開催や「生け花の展示会」「乙女文楽の会」「二胡の演奏会」「地域の手づくり展」などの会場として利用していただいている。
 又、「今では、珍しくなった町家の蔵を生かしたい」ということで、道路に面した蔵の壁に入口を設け、店舗として使えるように改修し、現在は、お蕎麦屋さんが入店し、営業をされている。
蔵
<改修された蔵>     



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