ようこそ登録文化財へ 寺西家阿倍野 長屋・町家
築70年の長屋・町家を再生して、嬉しかったこと! *寿命ある建物を壊して、ゴミにしてしまわなかったこと *建築家、宮大工、恩師や友人、近隣の人達との和のつながりができたこと。
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寺西家の長屋と町家の立地
1、寺西家の長屋と町家の立地(大阪市阿倍野区)

(1)戦前の阪南土地区画整理の事業区域

 寺西家の長屋と町家がある地区は、大正12年に設立した阪南土地区画整理組合が行った阪南土地区画整理の区域内にあり、昭和6年に換地処分が完了し、事業が終了している。
その翌年の昭和7年に建てられた長屋は、水道だけでなく都市ガスが供給され、各戸にガス風呂が設置されており、その時代の先端の住宅地に建てられたといえよう。             
                       
(2)現在は、密集住宅市街地で建替奨励地域

建設時から約80年経った現在では、この地域は、密集住宅市街地に指定されており、特に昭和25年以前に建築された木造住宅を除却する場合、老朽住宅として大阪市から解体費用が補助される。又、長屋を住宅に建て替える場合、大阪市から補助があり、建て替えを推進すべき地域に該当している。

(3)地下鉄御堂筋線 昭和町駅近の裏通り

この立地の特徴は、何といっても駅に近いということがあげられる。大阪市の中央を背骨のように貫いている地下鉄御堂筋線の昭和町駅の出口から1分という立地にある。しかし、長屋の面する道は、町家をはさんで3.6mの幅員しかなく、私道となっている。

阪南土地区画
<大阪市 阪南土地区画整理の前後>


2.寺西家の長屋と町家等の建築時期と概要

 町家  大正15年建築  1棟    木造瓦葺2階建て 建築面積 102㎡
 長屋  昭和 7年建築  1棟4軒  木造瓦葺2階建て、建築面積 201㎡
  蔵  昭和10年建築  1棟    木造瓦葺2階建て 建築面積  18㎡

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寺西家の長屋の再生と活用について
3、寺西家の長屋の再生と活用について

(1) 長屋の相続とマンション建設計画      
長屋は、築70年を過ぎ老朽化し、既に寿命を全うしたと考えられ、建替えるしかないと思っていた。従って手入れもされず、入居者が退去しても入居を募集しなかったので、すべてが空家になった。
私の両親は、以前から自宅である町家は、長男である私に、自宅前の長屋は、長女と次女に相続するようにいっていた。しかし、その場合、姉妹が老朽長屋を相続しても、活用方法が考えられないので、売却するしかないという。

 両親は苦労して守ってきた長屋が売却されてしまうと、自宅の前に「何を建てられるかわかからない」と不安がっていた。そこで私は、両親が健在な間に、老朽長屋をマンションに建て替え、それを姉妹が相続することで、両親の願いもかない、相続税対策にもなると考えた。
 建て替えの場合、敷地が、昭和町駅に近いところにあるとはいえ、大きな道路に面していない裏通りのため、事務所は、無理と考え、結局マンションしか考えられなかった。
 そこで、マンション業者が行う土地活用の講演会に参加し、数社からマンション建設の提案をいただいた。各社とも驚くほど熱心に建築計画や資金計画を作成していただき、非常に気にいったものがあり、契約直前のものがあった。

マンション
<提案されたマンション計画案>


(2) 戦前の老朽木造長屋が登録文化財に 
 マンション建設の計画を進めていた平成15年4月、京都大学(当時)西澤英和先生が取り壊そうしていた長屋を視察され「なかなか良い長屋で登録文化財になるのでは?」といわれた。
行政に勤めておりながら登録文化財ということを知らなかったので、私は、すぐに大阪府教育員会・文化財保護課の林義久氏を訪ねて聞いてみた。すると登録文化財の条件に該当し、そうなれば「長屋としては、全国で最初の登録文化財になる」と聞かされた。これには、心が動かされ、壊すのはいつでもできることだと思い、登録文化財に申請するとその年の12月には、国の登録文化財として登録していただけた。
改築前
<改修前の長屋>

(3) 長屋の改修工事
① 70年ぶりの外装改修工事          
 長屋は、取り壊すつもりでいたので、これまで修理されずにきた。内部は、入居者がいる間は、入居者自身によって手入れがされていたが、外部は、70年間当初のまま放置されてきたので、文化財というには、余りにもみすぼらしかった。
 長屋を人に借りて貰うためには、外観も大切なので改修工事をすることとし、その内容は、建設当初の姿に戻すことにした。そして、屋根の葺き替え工事や外壁の改装、物干し台の設置等を行った。
② 内部はテナント工事                  
 長屋は、店舗に貸そうと思っていたので、柱や土台で腐っているところは、修理したが、それ以外は、現状のまま残し、テナント工事として改装工事を行っていただいた。
棟梁
<改修工事をする川人棟梁>

(4)木造の方が鉄筋コンクリート造より長寿命
① 鉄筋コンクリートの寿命は、百年以下?
 一般に鉄筋コンクリートの寿命は、70年位といわれている。それは、コンクリートのアルカリ成分が中性化し、鉄筋が錆びだす時期を示しているという。鉄筋が、錆びて強度が無くなると鉄筋コンクリートは、崩壊せざるを得ないからである。
② 木造の寿命は、数百年?
 木造の場合、材木は、切り出してから100~200年の間は、強度が増していくということである。
しかし、木は、生き物であり、湿気ていると腐れや虫害にも合うので、風通しなどの日常管理が大切である。しかし、例え被害にあっても修理が可能であるので、建築材料としては、100年、200年は、寿命があるという。このことは、宮大工である川人良明棟梁が長屋や町家の改修で柱の根継ぎや土台の入れ替えなどをいとも簡単にしているのを目の当たりにし、実感することができた。

改修後
<飲食店に変身した長屋> 
賃貸マンション建設より長屋再生の方が高収益?
4.賃貸マンション建設より長屋再生の方が高収益?(寺西家長屋の場合)

 長屋の改修工事を終え、テナントも決まり、長屋から家賃収入が入って来るようになった。しばらくして、私にとっては、うれしい誤算に気がついた。よく考えてみれば当然のことであるが、それまで、文化財を維持するためには、経済的負担を覚悟しなければならないと思いこんでいた。
 だから、長屋を登録文化財にしたが、経営的には、マンションを建設していた方が、はるかに収益が多いと思いこんでいた。しかし、それは、逆であるということがわかった。

① 賃貸マンション建設は、スクラップ アンド ビルド

マンション業者から提案された資金計画を見てみると、マンション建設の場合、初期投資が1億7千万円位かかる。そのため借金しなければならず、その返済に毎年8百万円は必要で、それに加えて建物の固定資産等が135万円必要である。
 これらのことから、毎年1400万円程の家賃収入があっても、これらの支出を差し引くと手元に残るのは、300万円程度となる。
収益比較

② 長屋再生は、リユース

 長屋の場合、初期投資は17百万円と、マンション建設に比べて10分の1と少なく済んだ。これであれば、手持ち資金の枠内でできるので借金返済がない。このことは、収益にとって大きく有利であり、また、建物の固定資産税等は50年以上経っているので、その用途が、住居から商業利用になっても3万円程度(登録文化財で半額になっている。)とマンションに比べて二桁違うほど安い額となっている。
 これらのことから、収入は、マンション建設の場合の半額の約700万円としても、支出が少ないため600万円が手元に残ることになる。
 ただ、寺西長屋の場合、住宅を飲食店に用途変更したため、家主としての内装費用が不要であり、家賃についても住宅より高く設定でき有利な条件があったことが、大きく影響しているが、このように古いものを活かすことは、経済的にもメリットがあるということがわかった。


寺西家町家の再生と活用について
5、寺西家町家の再生と活用について

(1) 高層マンション建設の挫折の恩恵 

 長屋は、マンション建替計画が、長屋再生に転身したが、実は、その15年前にも自宅をマンションに建替えることで同じような体験している。
 平成元年、日本経済が「バブル景気」の終焉を迎えようとしていた頃に、私は、自宅である町家を9階建のマンションに建てかえる計画に着手していた。それは、当時、地価が高騰し、このまま継続して住んでいても「相続が発生すれば相続税が、払えなくなり、物納しなければならない」という資料を突き付けられことに始まる。
 大正時代の末に建てられた町家は、60年以上経っており、建て替える時期がきていると考えられたし、鴨居の高さが、丁度、頭を打つ高さであったことに不満をもっており、建替えの口実にしていた。
 建設業者との工事請負契約も終わり、8人家族が仮住まいに移転し、除却の直前までいった。
しかし、「高層マンション反対」の声とともに私が体調を崩したこともあり、マンション建設は、中止せざるを得なくなり、私の人生で最大の挫折を味わった。当時、2.5%という公定歩合が低金利時代と言われ、それが長年続いていた時代であった。そのような中で、このような低金利の時代は、二度と来ないだろう思った記憶がある。
その時は、その後のバブル崩壊による「失われた10年」、そして、現在の「ゼロ金利」時代の姿は、空想すらできなかった。
 振り返ってみると、挫折していなければ、今頃、入居者の確保と高額な借金返済に悩まされているに違いないと思う。

(2) 町家も登録文化財に 

 長屋を登録文化財にする時に町家や蔵もと勧められたが、町家の土地の方がマンションに向いていると考えており、遠慮させていただいた。
一度、自宅のマンションの建替えで、挫折を味わったのであるが、「金食い虫」の長屋を維持していくために、町家は、マンションに建替えその収益の道を確保しておかなければと考えていた。 
町家400
<T15年に建築された寺西家町家>

このことが、父親の相続の時に、後悔することになった。それは、平成16年、父の他界に合わせたかのように登録文化財の相続税の制度改正があり、土地・建物の評価額が3割減じられることになったのである。そのことがわかっておれば、町家の方も登録文化財にしておいたのにと後悔したのである。
 町家も登録文化財にしようと思ったのは、長屋が「金食い虫」ではなく「金の卵」であると気づき、そのための資金を確保しなくてもよくなったこと、それに加えて、私が「大阪府登録文化財所有者の会」の事務局長という立場にあり、登録文化財に該当する建築物があるのに資金を確保するためにと登録にしないことに抵抗を感じたためである。   

(3) 町家と蔵の改修と活用について
            
 町家が登録文化財になったのを機会に、屋根の葺き替えと台所と居間の改修工事を行った。
 町家を登録文化財にしたことでイベントに使わして欲しいとの要望があり、現在では、毎月、田辺寄席による「上方落語の会」の開催や「生け花の展示会」「乙女文楽の会」「二胡の演奏会」「地域の手づくり展」などの会場として利用していただいている。
 又、「今では、珍しくなった町家の蔵を生かしたい」ということで、道路に面した蔵の壁に入口を設け、店舗として使えるように改修し、現在は、お蕎麦屋さんが入店し、営業をされている。
蔵
<改修された蔵>     


粗大ゴミが、磨けば宝石に!!
6、粗大ゴミが、磨けば宝石に!!

 私が、長屋再生に係わって、良かったと思っていることの一つは、親から老朽長屋で潰して捨てるのにもお金がかかる「粗大ゴミ」を引き継ぐことになったが、人の勧めで、それを残し、活用することによって、実は、人に喜んでもらえる「宝石」であったということに気づいたことである。
また、老朽長屋をゴミとして燃やして、埋めてしまわなかったことは、現在、地球的規模で進行している環境悪化に対して少しでも抵抗できたのでは、ないかと思っており、現在の日本社会の基本構造が無意識の内にスクラップ・アンド・ビルドの方式になっているのだが、それに飲み込まれるのを免れたと感じている。

 戦前の日本人には、物を大切にし、その物を活かしきるという知恵があったと思う。このような知恵をもった日本人の文化と伝統を活かすことが、日本の再生につながると考えており、そのことは、さらに世界の文化の発展と平和な世界を築いていくことになると考えている。
 それともう一つ、望外のよろこびは、長屋を残しませんかと言ってくれた人、老朽長屋を改修してくれた宮大工の棟梁、長屋を生かしながら活用してくれている借家人をはじめ、ここを訪れ喜んでくれる人々との和の交流ができるということである。このことは、私にとって何物にも変えがたい大きな大きな財産として積み上げられていることである。

 最後に、建築物を大切に永く使いこなすことが必要であるが、特に、在来木造建築については「耐震性能や防火性能の向上」「改修方法の技術の伝承と技術者の育成」「改修工事に対する法律を含めた制度的整備」等が今後の課題として考えられるので、これらのことを解決するために努力をしていきたいと考えている。





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